大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)890号 判決 1977年12月21日

被控訴人 協栄信用組合

理由

一、《証拠》によると、次の事実を認めることができる。

1  遠山は、昭和二九年控訴人経営の峯島洋食器株式会社に雇われ販売関係を担当していたが、得意先倒産のため昭和三二年引責辞職し、その後個人経営による金物販売業を始め、被控訴人と取引をもつにいたつた。被控訴人との取引は、手形貸付及び手形割引であり、両取引の合計額は、遠山の被控訴人に対する預金の範囲に限られていた。遠山は、昭和三七年七月中旬被控訴人に額面合計三六万九八九八円の手形割引の申込をしたところ、当時の取引残は、手形貸付分が四〇万円、手形割引分が零にして、これに対し預金残高は四五万八六七二円であり、従つて、右三六万九八九八円の手形割引をすると取引額が預金を超えることになるので、当時被控訴人において遠山との取引を担当した竹井正は、右手形割引の申込に応ずる条件として、被控訴人との継続的金融取引に基づく遠山の債務につき連帯保証人を附けることを要求した。そこで、遠山が連帯保証人として控訴人を推したところ、竹井正は、控訴人が代表取締役である峯島洋食器株式会社が従前から被控訴人と取引があるばかりでなく、控訴人自身経済的負担能力を有することを知つていたので、これを了承し、遠山に対し、備付の保証書用紙を交付してこれに控訴人の署名押印を得るとともに控訴人の印鑑証明書を提出することを求めた。竹井正が遠山に保証書用紙を交付したとき、同用紙には印刷文字以外の文字は一切記入されてなく、元本極度額及び保証すべき取引の期間についての記載はなされていなかつた。

2  遠山は、連帯保証人になることについての控訴人の承諾を求めるべく、竹井正から渡された右保証書用紙を持参して峯島洋食器株式会社に赴いたところ、控訴人不在のため、同会社にいたかねて知り合いの従業員峯島孝一郎(控訴人の孫、以下、「孝一郎」という。)に対し、被控訴人との手形割引の枠を拡げる必要を生じたが、預金不足につき連帯保証人を附けるよう要求されたので、控訴人に連帯保証人になることを承諾してもらうために来た旨来意を告げ、保証書用紙を孝一郎に預け、これに控訴人の署名押印をしてもらうこと及び控訴人の印鑑証明書を用意してもらいたい旨を依頼し、数日後再び同会社を訪れた。この時も控訴人は不在で、孝一郎がいたが、孝一郎は、遠山の依頼を失念し、控訴人の署名押印を得ていなかつたので、同会社の事務員峯島美智子(控訴人の娘)をして遠山から預つていた保証書用紙に連帯保証人としての控訴人の住所氏名を記載せしめ、かつ、同会社の金庫内にあつた控訴人の実印を押捺せしめた上、元本極度額及び保証すべき取引の期間を記載することなく、たまたま会社内にあつた控訴人の印鑑証明書(甲第三号証)とともに遠山に交付した。このとき遠山が孝一郎から受け取つた保証書が乙イ第一号証の原本であり、遠山は、これを右印鑑証明書とともに竹井正に届けた。被控訴人は、遠山から右書類が提出されたので、控訴人に真実保証したのかどうかにつきなんら確める措置をすることなく、昭和三七年七月二〇日遠山に額面合計三六万九八九八円の手形割引をなした。

3  被控訴人は、遠山が昭和四三年九月倒産したので、控訴人に対して仮差押命令を申請することとしたが、その手続を担当した竹井正は、司法書士の助言により、疎明資料とした乙イ第一号証の原本に印刷されている「一、元本極度額金  円也」の空白部分に、仮差押の請求債権が九七〇万円であつた関係から適宜「壱千万」と記入した。この記入後のものが甲第二号証である。

三、被控訴人は、控訴人が本件根保証をしたと主張するが、控訴人自ら本件根保証をした証拠はなく、前記保証書用紙に峯島美智子をして控訴人の氏名を記載せしめた上控訴人の実印を押捺せしめた孝一郎に控訴人が本件根保証をなす代理権を与えたことを認める証拠もないので、被控訴人の右主張は、失当である。

四、孝一郎が、峯島美智子をして、保証書用紙に控訴人の氏名を記載し、その実印を押捺せしめた当時、控訴人が、峯島洋食器株式会社・被控訴人間の手形貸付取引のため同会社振出しの約束手形に手形保証をし、孝一郎に対し、右手形保証の代理権を付与していたことは、控訴人の認めるところであるので、孝一郎の右行為は、権限踰越の代理行為である。

控訴人は、右保証書には控訴人の氏名が記載されているのみで、孝一郎が控訴人の代理人であることが表示されていないので、孝一郎の代理行為と見ることはできないと主張するが、保証書に控訴人の氏名が記載されるにいたつた経緯についての前認定の事実によれば、孝一郎がなした右行為は、本人である控訴人のためになしたものであることは容易に推断しうるところというべく、かかる場合、代理人が自己の名を示さずに本人の名のみを示しても、代理の形式として有効というべきである。

被控訴人は、被控訴人・孝一郎間に元本極度額を一〇〇〇万円とすることにつき合意が成立したと主張するが、これを認める証拠はなく、また、控訴人は、本件根保証契約においては、保証の限度額及び保証すべき取引の期間につき合意がなされていないので、根保証契約として不成立であると主張するが、右の合意がなされなかつたということは、保証の限度額及び保証すべき取引の期間が不確定であるということであり、保証の限度額が不確定の場合には、保証契約がなされた事情及び保証される取引の実情を考慮し、そこに自ら合理的な限度というものがあり、また、保証すべき取引の期間が不確定の場合には、保証人において保証契約締結後相当の期間を経過した後に保証契約を解除する余地があるとしても、右の点が不確定であるからとて、そのことにより保証契約が不成立であるとするのは理由のないことである。

五、そこで、本件の場合表見代理を肯定すべきか否かについて検討をすすめる。

甲第二号証が作成されるにいたつた前認定の事実によると、本件根保証の効果意思を決定したのは孝一郎であり、遠山は、連帯保証人としての控訴人の氏名が記載され、その名下に控訴人の実印が押捺された保証書(乙イ第一号証)を被控訴人に届けるよう依頼されたものであるので、遠山は孝一郎の使者であるというべきである。

《証拠》によると、竹井正が遠山から右保証書を受け取つたとき、右保証書作成の経緯につき遠山からなんらの説明がなされず、竹井正も遠山に説明を求めなかつたことが認められる。従つて、竹井正としては、右保証書を受け取つた時点において、それが孝一郎により作成されたものであることを知らなかつたというべく、また、控訴人の氏名の記載が峯島美智子の筆蹟であることを当時確認した証拠もないので、被控訴人が控訴人に保証責任を求める根拠は、峯島洋食器株式会社の元従業員が控訴人の実印が押捺された保証書を持参したことに尽きる。

右の如き事実関係の下において表見代理が問題になりうるとしても、右保証書には、保証すべき債務の限度額及び保証すべき取引期間についての記載がなされていないのであるから、被控訴人と遠山との取引如何によつては巨額の債務について保証責任を負わなければならないともかぎらないのであるから、このような場合、金融機関としては、保証人の不利益に考慮を払い、保証人とされている者に照会するなどして真実保証を承諾したかどうかを確めるのが一般取引の通念上採るべき当然の措置というべく、このことは、遠山が峯島洋食器株式会社の元従業員であつたことにより左右されない。被控訴人は、本件根保証が控訴人の意思に基づくものであると信じたとするが、右の如き確認の措置を採らなかつたことは前認定のとおりであるので、信ずるにつき過失があり、本件の場合表見代理の成立する余地はない。

六、以上の理由により、被控訴人の本訴請求は棄却すべきであるので、右請求を容認した原判決を取り消す

(裁判長裁判官 小山俊彦 裁判官 内藤正久 堂園守正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例